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アルバイト(1)
記事No.251 - 投稿者 : アロエ - 2015/07/06(月)21:43 - [編集]
「今岡君」
背後から呼び掛ける男の声。 突然の事に、内心ドキッとさせられながらも、今岡渉はその声の主へと振り返る。 立っていたのは、四十半ばくらいの中年男性。 夕暮れ時の閑散とした住宅街。自宅へと帰路を歩いていた渉は、この男に待ち伏せされていた不覚を、悔やまずにはいられない。部活帰りの疲労と空腹で、すっかり気が緩んでいたとはいえ、男がすぐ背後まで迫っていた事に渉はまるで気付く事が出来なかった。 そんな渉へと、取り繕った様な笑顔を浮かべながら、男はさらに近付いてくる。 「久しぶり、元気にしてた?」 「………」 「今日も部活だったの?大変だねぇ、毎日遅くまで」 スポーツウェアを着た渉の姿を、男はまじまじと眺めながら言ってきた。 その視線に、堪らない嫌悪を渉は覚えてならない。 人気のない時間帯、路上で見知らぬ男が高校生に声を掛けているというこの光景だけでも、誰かが見れば不審者と判断されても文句は言えないであろう。最も、渉とて男の素性をハッキリと知っている訳ではない。一応、山岡と名乗ってはいるものの、それすら本名かどうか怪しいものがあった。 「で、何ですか?」 そんな男に対し、渉は露骨に不快な表情で答える。 「相変わらず、無愛想だね。そんなに、俺と会うのが嫌かい?」 「正直、嫌です」 「辛辣だな」 山岡は苦笑しながらも、渉の冷淡な態度にまるで怯む様子はない。 「困るんですよ、こういうとこで俺に話し掛けてこられるのは。それに、こっちは話す事なんか何もありません」 「俺だって、別に君を困らせようとしてる訳じゃないさ。だけど、携帯は出てくれないしメールも返信してくれないんだから、こうして直接会いに来るしかないだろ?」 「知りませんよ」 素っ気なく言い捨てると、渉は山岡を無視して再び歩き出す。正直、この男の傍には一秒たりともいたくはなかった。 だがそんな渉を、山岡はやや肥満気味な身体を揺らしながら慌てて追ってくる。 「メール、見てくれた?」 そう問うてくる山岡に対し、もはや渉は振り返る事すらしなかった。 「返信しない時点で、俺の意思を察してください」 「だからこうして、わざわざ頼みに来てるんじゃないか」 「断ります」 「そう言わずにさぁ」 「誰か別の相手、探せばいいでしょ。何で俺ばっか、しつこく誘ってくるんです」 「今岡君のが、それだけ人気あるんだよ」 「嬉しくありません」 渉の中で、苛立ちが増していく。 (ふざけんな、この変態野郎が!) 思わず、そう叫びたくなる衝動。この山岡と関わったがために受けた辛酸の数々が、脳裏に蘇ってならない。 そんな山岡を振り払う様に、渉はいっそう歩く速度を上げていく。 「ちょっと、待ってくれよ」 「俺、もう帰りたいんで」 「ひょっとして、この前の事で怒ってるの?」 「それ以前に、こんなバイトに応じた事を後悔してるんですよ。どうせ今回は、あれ以上の事をしなくちゃいけなくなるんでしょ?」 「さすがにあんな事は、もう要求したりしないからさ」 「だとしても、もう無理です」 「じゃあさ、今回はいくら欲しい?」 拒絶する渉へ、なおも山岡は食い下がろうとしてくる。 だがそんな山岡の無神経な問いは、渉の心を軟化させるどころか、プライドをいっそう傷付けられるものでしかなかった。 渉は立ち止ると、山岡へ厳しい眼差しを向ける。 「ホントいい加減にしてください。これ以上付きまとうなら、マジで通報しますよ」 「それは困る」 「だったら、もう二度と来ないでください」 「こっちだって、新作を早く出せって顧客からうるさく言われてるんだよ。君じゃなきゃ、だめなんだ」 「そっちの勝手な都合でしょ」 「五万出そう」 「………」 「今回のギャラ、それでどうだい?」 「だから……金とか、そういう問題じゃなくて……」 何とか渉は反論しようとするも、山岡から提示された金額を耳にするや、一転して心を揺さぶられてしまう。 ここぞとばかりに、そんな渉へと山岡は言葉を続けてくる。 「俺だって、今岡君が嫌がるのを無理強いするつもりはないさ。だけど君が頑張ってくれるというなら、こっちもそれ相応に報いるつもりだよ」 「………」 「疑うなら、前払いで今渡そうか?」 そう言うと、山岡はポケットから財布を取り出す。 「待ってください……俺、まだ了解したつもりは……」 「部活も忙しいし、なかなか普通のアルバイトをする時間はないだろ?今だけだよ、こんな臨時収入が得られるチャンスは」 「………」 「どうする?」 渉の内を見透かす様に、山岡は選択を迫ってくる。 いつしか、完全に主導権を握られる形となってしまう。これ以上この男と関わる事の危険は、十分に理解していた。だがそれでもなお、大金への魅力が渉の中で葛藤を引き起こす。 「その……今度は、どういう事するんですか……?」 「今回は久しぶりに、野外で撮影しようと思うんだけど」 「野外……」 「ほら、あの公衆トイレで。今岡君も、近場の方がさっさと帰れていいだろ?何なら、帰りに飯奢るよ」 「いえ……それは、結構です……」 「じゃあ、夕食代としてプラス千円追加するよ」 「………」 「やってくれるよね?」 怯んだ渉を、山岡が容赦なく追い詰めていく。 「撮影は……今から始めるんですか……?」 「出来れば、そのいかにも練習帰りって感じの格好で、今から始めたいんだけど」 「………」 「今からじゃ、都合悪い?」 「別に……」 すると山岡は、すかさず財布から紙幣を抜き取り、渉へと気前よく差し出す。 「ほら」 「………」 もはや渉は、拒絶する事が出来なかった。目の前に示された甘い誘惑が、止めとばかりに渉の心を突き動かしていく。 (結局……また、こうなるのかよ……) 己の愚かさと敗北感に苛まれながらも、渉は抗えぬまま山岡からの金へと手を伸ばす。 フッと、山岡が口元をほころばせる。 「交渉成立だね」 渉の一日は、まだ終わりそうになかった。 COPYRIGHT © 2015-2024 アロエ. ALL RIGHTS RESERVED.
作者 アロエ さんのコメント 久しぶりの投稿になります。続きはまだ未定ですが、なるべく早く終わらせるよう努力します。
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